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「新世の発見と純粋倫理」

2017.06.06(火)
2017年6月6日(火)の上野倫理法人会では、法人スーパーバイザーの花野井勝浩氏をお呼びし、「新世の発見と純粋倫理」についての講話をお聞きいたします。

純粋「外的・偶然的なものをまじえず、それ自体の内的な普遍性・必然性をもつさま。(大辞林)」


外部の影響をまったく受けずに存在するものはあるのでしょうか。言い換えれば、外からの刺激をまったく受けずに存在し続けることは可能でしょうか。

生物も物体も、「ある」のであれば何かしらの影響を他者に与えるものだと考えられます。

影響を与えるからこそ、存在していると言えるのではないでしょうか。

例えば、手元の新聞を眺めれば、2017年5月28日発行の日経ヴェリタスの1面で、「プリウスはデフレ知らず」と、外部の影響を受けないかのような話題があります。

「モデルチェンジを機に〜値上げしたが人気は衰え」ない理由は、「環境性能が消費者の心を捉えたからだ」とあります。

確かに「プリウス独自」の性能と見なせます。「内的な普遍性」を持つ特徴だと言えるでしょう。

しかし、プリウスがこの性能を持つに至ったのは、「消費者の心を捉えるため」だったと考えるべきでしょう。

つまり、今日の消費者は環境性能を持つ車なら買ってもいいと思ったのだという「外的で偶然的な」影響を考慮することが、プリウスの人気には「必然」だったと考えられます。

同様に、50面では「英チャリティー団体がまとめた世界寄付指数」によると、日本は144位で「『見知らぬ人を助ける』」などの項目が低いようです。

「日本の寄付額は東日本大震災の11年に急増したが、また戻りつつある。非常時に助けるのではなく、定着させることが必要かもしれない」との意見を参考にすれば、日本人とは「普遍的」に「見知らぬ人を助けない」性質を持つのだと考えても自然でしょう。

そして、日本について考えるときは、いつもさまざまな背景が挙げられます。例えば、島国だから。単一民族だから。作物を育てる国土が小さいから。山地が多いから。鎖国していた時代があるから。……

では、やはり「純粋」に日本人は「見知らぬ人を助けない」のでしょうか。日本人が「見知らぬ人を助ける」ことは「必然的」に不可能なのでしょうか。

そう考えれば、その「必然性」がどんな条件であっても成り立つものではないことが予想できます。

現在の日本では人口が減り続けていることから、将来「普遍的」な単一民族であり続けることは難しいかもしれません。そのため、外国人が増え、うまく共存することが「必然」になることも考えられます。

また、今日であっても外国人旅行者が増えている事実があります。鎖国が普遍的ではなかった日本は、すでに外に開けています。

つまり、外部に目を向けることはできており、その流れの一つとして、「見知らぬ人を助ける」ことも不可能とは言えないのではと思われます。

このように、これまでの普遍性は「必然性があれば」必然ではなくなるという矛盾が生じることもあると考えられます。

そのため、「純粋」とは、「ある条件のもとで」成り立つものと考えることができそうです。

ある条件下での「純粋さ」を守るべきかどうか。それを考えることこそが「必然」なのかもしれません。

さて、来週の花野井勝浩氏の「新世の発見と純粋倫理」では、タイトルに「新」世と「純粋」という、相反する言葉がありますね。

この場合の純粋とはどんな条件で成り立つものと考えておられるのかなど、「倫理」の根源をお話しいただけるのではと期待できます。ぜひ皆さんも、講話を聞きにお越しください!